子守り屋 第二話

子守り屋 <第二話>
 
酒屋の丁稚奉公、平八郎、今日は久々のお休みです。
特にすることもないので、河川敷をフラフラと
気の向くままに、お散歩しておりました。
 
春まだ浅く、少し肌寒い季節だったが、陽当りの良い
藤棚のある東屋は、かっこうの憩いの場所になっていた。
今日も近所のご隠居さん達が、のんびり囲碁なんぞ指している。
お馴染みの茶白爺さん達の中に、若い黒白猫が混ざっていた。

おやっ? 髪結いの牛五郎さんじゃないか。
見ると傍らには、まだ幼い茶トラの坊主共が、じゃれ合うていた。
 
こんちわー、牛五郎さん。
珍しいね、どうしたんだい昼間っから。
この子達は、何処の子だい?
 
おぅ、平の字じゃねえか。
今日は、休みかい?
ああ、こいつらは俺の息子たちだよ。
こないだ、四つ子で産まれてなぁー。
俺に似て、中々めんこいだろうぉー。
 
いやいや、そういうことではなくて、仕事は?
何で、こんな所で油売ってんだよって話。
と、心の中で、平八郎は呟いた。
 
しかも、赤ら顔で、そこはかとなく酒臭い・・・。
 
牛五郎の女房は、とても働き者で、町でも腕が良いと
評判の髪結い職人だ。名を、おさびさんと言った。
小柄で可愛らしい外見だが、しっかり者で気が強い。
それに引き換え、この牛五郎って奴は、怠け者で
酒癖も女癖も悪いときたもんだ。

酒代のつけも、おさびさんの稼ぎで
払っているのを、平八郎は知っていた。
髪結いの亭主、つまり、ひもだよなぁ。

おにぃちゃーん、遊んでくれよぅー。
着ぐるみのゆるキャラ系、平八郎に子供達は親しみを
覚えたのか、しきりに絡んできた。
 
し、仕方ねぇなぁーじゃあ、ちょっとだけだぞ。
そう言いつつも、まんざらではない顔をして
碁に夢中になっている牛五郎を、よそに相手をしてやった。
 
それ以来、この2匹にすっかり気に入られてしまった平八郎。
何かにつけては、牛五郎に押し付けられて、面倒を見る羽目に。
俺ってば、専業主夫だからぁーなんて言って
相変わらず、のらりくらりと遊び呆ける牛五郎。
 
それでも、平八郎は、文句のひとつも言わずに
忙しい仕事の合間を縫っては、せっせと
このチビ達の世話を健気にこなした。
 
それには、深い深い訳がございました。

平八郎も、また、幼少期につれぇ想いをしたんです。
 
平八郎の両親は、若くして駆け落ちし、
この町に流れてきた夫婦だった。
一時しのぎに、町の古長屋に、名を偽って身を隠し
貧乏ながらも、つつましく幸せに暮らしておりました。
 
ところが、ある日、大工の見習いをしていた旦那が
仕事中に足場から落ちて、あの世へ行っちまったのです。
その後、残された若妻は身籠っていることがわかった。
生活は苦しかったが、あの人の忘れ形見だからと、独りで出産。
なんと、五つ子ちゃんが産まれたりー。
 
さすがに、独りで子供5匹を育てるのは至難の業だった。
長屋の仲間も色々と手伝ってはくれたが、仕事をいくつも
掛け持ちしながらの子育てで、疲労困憊し、うっかり
お乳を飲ませるのを忘れて、うたた寝しちまうことも
しばしばあった。
 
見かねた周囲の説得で、兄妹の内の2匹の娘を、
泣く泣く養子に出したが、心労のあまり、
残りの3匹の育児を放棄してしまったのだ。
 

その当時、駆け込み寺としても有名だった
あの和尚の寺子屋に、栄養失調だった
残りの三兄弟は預けられた。

残念ながら、兄弟の一匹は、手遅れで幼い命を落とした。
何も知らない兄弟ふたりは、和尚の下で健やかに
素直にスクスク育っていった。
 
そんな時代だったので、あちこちの町や村から、
やんごとなき事情の子供たちは、寺子屋に預けられ
共に育ち、学び、巣立っていった。

平八郎の兄、熊五郎は、流行り病で失くした子に
瓜二つだと言う理由で、裕福な家庭の養子となった。
平八郎も明るくいい子だったが、良いご縁に恵まれず、
早く自立しようと、酒屋の丁稚奉公に志願したのだ。
 
無邪気な坊主達を見ていると、
そんな幼き頃の自分達と重なり、
どうしても放っておけなんだ。

心優しき平八郎。
てか、ちょっぴり、お人好し。
 
そういえば、この子達には名前が無かった。
そこで、平八郎は考えた。
濃い目の茶トラで、負けん気な方が
俄羅夢と書いて、ガラム。
茶白で、ちょっとぼんやりしてる方が
真沙羅と書いて、マサラ。
 
また、キラキラネームかいっ。
これじゃあ、テストの時に名前書くだけで
時間くっちまうじゃんかー。とか
お習字で、小筆で書いても、名前が真っ黒に
潰れる可能性大―。とか
まぁ、んなこたぁ、どうでもいいんでやんす。
 
ふたりを見てると、あの南蛮渡来のカレーライスとやらを
彷彿させるのです。いや、むろん、食べたことも
見たことも無い代物でしたが、食いしん坊の平八郎
想像力と知識だけはあったようです。

そんな変なスパイスな名前を付けられちまった
ふたりでしたが、平八郎や近所の面々に支えられて、
ガラマサ兄弟と呼ばれつつ、ひねくれて道を踏み外す
こともなく、まっすぐに大きく育った。

毎朝早く、長屋横町に水を汲みに行くことが
平八郎の仕事であり、日課でもあった。

ある朝、いつもの様に井戸に向かうと
近所の長屋の住民達が井戸端会議をしていた。
 
おはようございますー。
おはよう、平ちゃん。今朝も早いね。
 
ねぇ、聞いたかい? あの髪結いの亭主がよ
どうやら、博打でお縄になったらしいぜー。
えっ!?なんですって、髪結いのって、もしかして
牛五郎さんのことかい? 平八郎は、青ざめた。

そうだよー、あいつぁ、昔っから癖が悪くてよぅ。
酒浸りで遊んでばかりで、借金で困って、今度は
一攫千金だとか言って、賭け事に手ぇ染めやがって。
とうとう、お奉行様にバレて、しょっ引かれたって話よ。
 
子供が産まれたばかりだってのに、おさびちゃんも
苦労するよねぇー。さすがに見下り半渡されたって
もっぱらの噂だよ。馬鹿だよねぇーまったく。

平八郎は、慌てて、残された幼子達の事を、
ろれつも回らない調子で、まくしたてる様に聞いた。

すると、その時、ガラッと引き戸が開き
長屋の大家さんが現れて、こう言った。
 
なんだい、なんだい。
朝っぱらから、やかましいねぇー。
大きな体の後ろに隠れて、
眠たそうな子供が、ふたり。

ガラマサーーーーー!!! 
平八郎、半泣き。男泣き。
 
どうやら、ふたりは、大家さんが面倒見て
くれることになったらしい。
やんちゃ盛りで迷惑を掛けちまうーと
平八郎は、鼻水と涙でぐちゃぐちゃに
なった顔で心配したが

どうせ、ボロ長屋だからね、
壊されたって構やしないよ。

と、気持ちの良いほど、
あっけらかんと、大笑いをした。
 
朝日が眩しい、初夏の訪れを感じる一日の始まりでした。
 
【第二話 完】

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